『他人の気持ちはパンケーキ』最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
『しーちゃんと私』のその後の話という事もあり、もともとそんなに長く描くつもりはありませんでした。
期間が空いてしまいましたが、短くまとめさせていただきました。
この物語を描き終えて、改めて気づいたこと。
それは、同じ景色を眺めていても、私たちはそれぞれ全く違う「フィルター」を通して世界を解釈しているのだ、ということです。
そこには、正解も不正解もありません。
かつての私は、「友達だから」という一心で、泥臭い『現実』を必死に彼女達へ手渡そうとしていました。
でも、それは彼女たちが求めていたものでも答えでもありませんでした。 私が誠実であろうとしても、彼女たちのフィルターを通せば、私の発言ひとつひとつが不快なノイズでしかなかった。
今の私なら、すれ違った彼女たちに対して理解ができるのに。若かったですね。
彼女たちの物語を完結させるために、私という「悪役」が必要だったのなら、その解釈のままで構わない。
誰かの期待に応えるために、自分に嘘をついてまで足並みを揃える必要は、もうどこにもないから。
これは、他の誰でもない、私の人生だから。
過去の自分が、答えのない暗闇の中で必死に手を伸ばし、傷つき、もがいてくれた。
その痛みがあったからこそ、今の私はこうして「自分だけの視点」を肯定できるようになったのだと思います。
あの時頑張ってくれた過去の私に、ありがとうと思います。
物語の締めくくりは、パンケーキではなく、いつものラーメン屋。
お洒落な空間ではないけれど、気兼ねなくいつもの味を分かち合える場所。
他愛ない世間話で笑い合える友人がいてくれる。それだけで、人生は十分すぎるほど満たされている。
分かり合えないことは、決して絶望ではない。
自分にとって本当に大切な「存在」を再確認するための、輝かしい解放なのだと。
窓の向こう側に過去を置いて。
私は私の人生を、今日もしっかりと歩いていきたいと思っています。
次の話も短編になります。
また学生時代のことになってしまいますが、中学時代の不登校だった時期のことを投稿しようと思っています。
こちらも大分昔の話ですが、今の時代と違った不登校の扱いや、母と私、それから関わった人たちの姿だったりと今とは違った角度でみれるんじゃないかと…(たぶん…(^o^)
私自身の事というより、その時のこと、今思うことなどを漫画にすることで、今辛い思いをしている方や、悩んでいる保護者の方であったり、またそうでない方であっても、ネガティブになるような形には描いていないので、そちらもみて頂けたら幸いです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました(^o^)丿



















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